日本の尼僧の歴史と役割

仏陀の教え ことば
The Teachings of Buddha
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日本の文化や歴史に触れる際、「尼(あま)」という言葉を耳にすることがありますね。
これは、出家して仏道に生きる女性、すなわち「比丘尼(びくに)」を指す言葉です。
剃髪し、法衣をまとって厳しい修行に励む姿は、古くから多くの人々に敬意を持って見守られてきました。
ところで、同じ「あま」という読みでも、海に潜って魚介類を採る「海女(あま)」とは、まったく異なる役割を持つ女性たちですので、混同しないよう注意が必要です。
仏道の「尼」は、現代においても私たちの社会に静かに、しかし確かに深く関わり続けています。

日本に仏教が伝来したのは6世紀のこと。
そのわずか後、女性の出家者も現れました。
記録に残る最初の日本の尼僧は、584年に蘇我馬子が剃度を施した「善信尼(ぜんしん-に)」とその仲間たちです。
彼女たちは百済(くだら)へ渡って仏教の戒律を学び、帰国後は桜井寺に住まい、日本の仏教の礎を築きました。
仏陀(ブッダ)の教えが海を越えて日本に根付く上で、女性たちの信仰と実践が果たした役割は、計り知れません。

しかし、女性が仏道に進む道のりは、常に平坦だったわけではありません。
歴史的には、一部の仏教の教えにおいて、女性は成仏するために一度男性に生まれ変わる必要があると示唆されるなど、家父長制的な伝統の影響を受けてきました。
尼僧の役割が、将来男性として生まれ変わるための功徳を積むこととして捉えられることもあったのです。
それでも、尼僧たちは「巫女」のようなシャーマニスティックな役割を担ったり、仏像の供養に携わったりと、当時の社会において独自の重要な役割を担っていました。

奈良時代には国家による仏教保護が進み、僧侶や尼僧の生活も国家の厳格な管理下に置かれました。
しかし、平安時代に入ると、国家による支援が途絶えたことで、多くの尼寺が荒廃したり、男性の僧侶が運営する寺院へと姿を変えたりと、尼僧の活動は一時的に衰退します。
それでも、信仰の火が消えることはありませんでした。
鎌倉時代にはいると、比丘尼戒(完全に受戒した尼僧の戒律)の復興が進み、尼寺の数も徐々に増加。
中世後期には、公的な庇護を受ける尼寺も現れるなど、再びその活動に光が当たり始めます。

尼僧となるための受戒の儀式は、古くから丁寧に行われてきました。
特に13世紀には、僧侶の叡尊(えいそん)らの尽力により、尼僧を正式に叙階するための制度的な枠組みが確立されたとされています。
また、当時の貴族の女性たちは、正式な受戒ができなくても、肩まで髪を伸ばす「嵯峨尼(さがのあま)」として出家同然の生活を送ることがありました。
夫を亡くした女性や離婚した女性、あるいは高齢になった女性が、世俗から離れて精神的な安寧を求める中で、このような形で仏縁を結ぶことが広まったのです。

歴史を紐解くと、特筆すべき尼僧の存在や尼寺が多く見つかります。
例えば、鎌倉時代には、執権北条時宗の未亡人である覚山尼(かくさん-に)が、1285年に女性たちの離婚を助ける「駆け込み寺」として名高い東慶寺を創建しました。
これは、女性の救済と権利を守る上で、尼僧がいかに重要な役割を担っていたかを示す象徴的な出来事と言えるでしょう。
また、近代においては、明治時代に堀光譲、水野常輪、山口高閑、安藤道海という4人の尼僧によって、1903年に名古屋に創建された曹洞宗の専門道場「愛知専門尼僧堂」があります。
ここは、今日まで日本の尼僧教育の中心として多くの修行者を育てています。

現代の日本の曹洞宗において、尼僧の道を切り拓き、その存在感を大きく高めた一人に、青山俊董老師(あおやま-しゅんどう-ろうし)がいらっしゃいます。
1933年にお生まれになり、1948年に出家された青山老師は、駒澤大学で仏教学を修め、尼僧として初めて「大教師(だいきょうし)」の称号を得られた方です。
彼女は愛知専門尼僧堂の堂長として、多くの尼僧を育成し、そのリーダーシップと深い洞察力で、女性が禅仏教において活躍する道を力強く示されました。
そのお話は、聞く人の心を温かく包み込み、現代を生きる私たちに多くの気づきを与えてくれます。

現代社会において、尼僧との出会いは、かつてほど多くはないかもしれません。
仏教僧全体のうち約1割が尼僧とされていますが、彼女たちの存在は日本の宗教界にとってかけがえのないものです。
多くの女性が、精神的な深みを求め、世俗的な生活から離れて出家という道を選んでいます。
中には、伝統的な役割を超えて、平和活動、環境保護、社会奉仕といった分野で活躍する尼僧もいます。
例えば、日本山妙法寺(にっぽんざん-みょうほうじ)教団では、女性が外交、行政、異宗教間の対話、人道支援といった分野でリーダーシップを発揮し、実践的な仏教(エンゲイジド・ブディズム)の精神と男女平等の原則を体現しています。

このように、日本の尼僧たちは、仏教が伝来した遥か昔から現代に至るまで、様々な困難に直面しながらも、その信仰と実践を通して社会に貢献し続けてきました。
彼女たちは、人々の心の安寧を願い、自らの修行に励みながら、私たちに仏陀(ブッダ)の教えの真髄を示してくれる「生きた宝」とも言える存在です。
現代社会に生きる私たちにとって、尼僧たちの生き方は、物質的な豊かさだけではない、心の豊かさや深い精神性を追求する生き方の尊さを改めて教えてくれるのではないでしょうか。
これからも、彼女たちの存在が、私たちの社会に静かで温かい光を灯し続けてくれることを願ってやみません。