仏陀の教え-仏陀最後の旅-人生の大河を越える

仏陀最後の旅-人生の大河を越える

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仏陀の教え-タイトル

人生の大河を越える

インドの聖なる河・ガンジス。
ヒマラヤの山間部からベンガル湾に至るその長さは、およそ2500キロ。
インド最大の大河です。
仏陀(ブッダ)が目指したパータリ村は、このガンジス河のほとりにある小さな村でした。。

現在のパトナ市です。
ビハーレ州の州都です。
人口は、およそ140万。


ナーランダの村を通過して、そして、このパトナ村へやって来て、仏陀(ブッダ)は、ここからガンジス河を超えるわけですね。
おそらく、ここまで70~80キロか、90キロ。
まあ、どの位あったんでしょう、途中で休み休み色んなところに寄って来る訳でから、ずいぶん掛かったと思いますけども、この河のほとりに立った時に、おそらく、仏陀(ブッダ)は、単に、物理的に川を越えるっていうだけではなくって、何か人生の大河を越えるという、非常に大きな感慨を抱かれて、この河の流れを御覧になったに違いないと思います。


仏陀(ブッダ)は、生涯に、さまざまな形で、河を越えてきている人だと思います。
信仰の河、思想の河、人間の河。

その仏陀(ブッダ)が、このパータリ村から河を超えて、対岸に渡る有様を古い古いお経の「ダイパリミッダーナ経」という、日本では「大般涅槃経」として知られるお経の経文の中に、仏陀(ブッダ)の旅のガンジス河のあたりの風景が、短く描かれています。

「ついで尊師は、ガンジス川に赴いた、その時、ガンジス河は、水が満ちていて、水が渡し場のところにまで及んでいて、平らかであるから、カラスでさえも水が飲めるほどであった。
ある人々は船を求めています。
ある人々は大きないかだを求めています。
また、ある人々は小さないかだを結んでいます。
いずれも、彼方の岸辺へ行こうと欲しているのです。
そこであたかも力士が、屈した腕を伸ばし、また、伸ばした腕を屈するように、まさにその様に、僅かの時間のうちに、こちらの岸において没して、修行僧の群れと共に、向こう岸に立った。」

パータリ村において

この村では、マガダ国の大臣たちがヴァッジ族との戦いに備えて都市(城塞)を築きつつあり、仏滅後にはパータリプッタ(華氏城、現在のパトナ)としてマガダ国の首都となり繁栄しますが、そのことが仏陀(ブッダ)の予言のかたちで述べられています。

ここでは、仏陀(ブッダ)は在家の信者たちに、無戒者の五つの損失、持戒者の五つの功徳などを説かれましました。

ガンジス河の対岸はヴァッジ国です。

仏陀(ブッダ)はガンジス河を渡って、ヴァッジ国に入り、コーティ村で比丘たちに四諦の説法を行い、つぎのナーディカ村ではアーナンダ(阿難)の質問に答えて、仏教信者の死後の運命について説き明かされます。

これは「法の鏡の法門」と呼ばれています。


仏陀は次のように述べられましました。

戒めを犯したために、行いの悪い人には五つの禍いがあります。

■財産を失う。

■悪い評判が近づいてくる。

■どのような集会に出ても、どこに行っても、不安でおじけています。

■死ぬ時に精神が錯乱しています。

■死んだのちに、悪いところ、苦しいところ、地獄に生まれる。


戒めをたもっていることによって、品性のある人には五つの利点があります。

■財産が大いに豊になる。

■良い評判が起こる。

■どのような集会に出ても、どこに行っても、泰然としていておじけることがない。

■死ぬ時に精神錯乱することがない。

■死んだのちに、善いところ、天の世界に生まれる。


マガダ王国の二人の大臣、スニーダとヴァッサカーラがヴァッジ共和国の浸入を防ぐためにパータリ村に城廓を築いていました。
仏陀(ブッダ)は、パータリプッタ市が火と水と内部分裂による災難を受けることを予言しましました。
マガダ王国の二人の大臣はこの話を訊き、仏陀と修業僧達を供養しましました。
そのとき仏陀(ブッダ)は、仏を供養をしたその土地(パータリ村)は、神霊達によって加護されるであろうと述べられましました。

人生の大河を越える

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